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クリス・チョン・チャン・フイChris Chong Chan Fui

実験映画から映像インスタレーション、そして長編映画をも手がけるクリス・チョンは、伝統的な技法と新しいメディアの境界で表現活動を展開しています。2009年黄金町に滞在し、サウンドデザイナー森永泰弘との共作で《HEAVENHELL》を製作しました。クリスの略歴(英)はこちらをご覧下さい。
 
インタビュー・編集:平野真弓 写真:笠木靖之 / 2010.2.18

Q:クリスさんに初めてお会いしたのは昨年の6月。クアラルンプールにあるセントラルマーケットという商業施設のカフェで待ち合わせましたね。派手な土産物屋が入ったどこにでもあるような空間で、《BLOCK B》のお話しを伺ったのを良く覚えています。この作品では、巨大な団地の建物全体を定点から捉え、ひとつの幾何学模様の面として浮かび上がらせるのですが、映像が進むとともに、その中を行き交う人の動きや光の変化が見え始めます。そこに森永泰弘さんがデザインした音の要素が重なり、壁の向こうの、ひとつひとつのセルの中にある人の生活が詩的に浮かび上がってきます。
この作品について、建物を「形」として観察する中からストーリーが自然に生まれたとおっしゃっていたので、黄金町にある元売春宿の典型的なつくりと、現在の街並みをお話したいと思いました。実際の黄金町をご覧になって、私の説明から想像された街並みとの違いを感じましたか?

 
クリス:私が思っていた以上に、黄金町には過去の面影が感じられました。赤色のテント看板は今も残っていたし、高層ビルが全く建っていないことにも驚きました。私が状況をきちんと把握していないのかもしれませんが、外国人の視点からすると、物質的な歴史の痕跡が黄金町には残されていました。
《BLOCK B》でもそうなのですが、道であれ建物であれ、ある空間の構造をじっくり観察していると、過去の名残や跡形のようなものが見えてきます。それまでの時間の流れを示す、消去不可能で不変な何かが。社会の発展や近代化のためにどんなに一生懸命隠そうとしても、場所が持つ雰囲気は、隠せないんですよね。一歩引いて見てみると、構造物は線と形で構成されているのが分かります。人はその中でただ生活をするのではなくて、これらの線や形に手を加えようとするんです。塗装したり、増築したり、汚してみたりして、何とか操ろうとするんです。私は、この線と形のわずかな変化が歴史を物語るのだと思っています。

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《HEAVENHELL》撮影風景 09.10

Q:黄金町でのリサーチの結果、黒澤明監督が「天国と地獄」で描き出したこの街のイメージが、新作のテーマとなったのですが、これは、街の現状よりも、黒澤監督が作り出したイメージに、リアリティを感じたからでしょうか。映画・映像が現代社会に及ぼす影響、またその関係についても、併せてご意見をお聞かせ下さい。
 
クリス:黄金町を実際に訪れて初めて、「天国と地獄」の舞台が黄金町周辺だったことを知りました。街の人から、売春宿が立並んでいた黄金町の路地が、この映画のワンシーンのモデルになったという話しを聞いて、過去のひどい状況を知りました。とても偶然のできごとでした。自分が実際に、黒澤映画の舞台となったであろう場所に立てたことに興奮を覚えました。これも、素敵な偶然でした。
 
黒澤監督の「地獄」のシーンはとても劇的に描かれているし、製作当時からは日本社会自体も大きく変わっていることは想像できたので、2009年にリサーチの目的で黄金町に来たときは、「天国と地獄」に出てくるような街並みがあるとは思いもしませんでした。
 
黒澤監督自身も、当時の黄金町の路地そのものを表現しようとしたのではないと思います。映画で描かれているのは、むしろ、監督の黄金町のイメージに基づいた光景のように見受けられます。このシーンはとても表現豊かに描かれています。例えば、悪役のサングラスに映り込む光や、路地にたむろしている人たちのゾンビのような動きなど、とても丁寧に演出されています。台詞はないのですが、たくさんの要素が盛り込まれています。全体的に警察の推理映画のような雰囲気が強いこの作品の中盤に、スタイルが違うこのシーンを挿入しているのは、とても冒険心があると思います。

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《HEAVENHELL》撮影風景 09.10

映画 / ビデオ / ニューメディアが、現代社会にどのような影響を与えているか ― これはとても大きな問題です。視覚媒体が私たちに与える影響は過大で、良い目的にも悪い目的にも用いられてきました。

現在、メディアは、表現手段というよりも、販売促進の手段として使われています。世界で最も未発展とされる地域、もしくは遠隔地でさえも、国際的な企業ブランドが推進するイメージを目にします。それは、有名なシンガーだったり、映画俳優だったり、アーティストだったりするのですが、こうしたイメージが世界中に広がっていくに連れて、地域文化が希薄なものになっていきます。この状況は拒否できないし、止めることもできません。でも、ここで重要な問題は、こういったイメージを作る立場に居るのは誰か、どのような責任感を持って彼らはイメージを作っているかということだと思います。
 
デジタル化は「民主主義」のミディアムだと思われがちですが、私はその逆だと思っています。デジタルカメラにビデオ、携帯電話やその他の新しいメディアは、クリエイティブな活動の道を大きくひらいているように思われがちですが、それに付随する責任という問題に関しては触れられていません。財政的に裕福であればあるほど、簡単に情報が発信できてしまう。誰もがイメージを作ることのできる立場にあるという状況は、社会の落とし穴だと思います。最終産物に向かって、全速力で進むのではなくて、制作の過程そのものにもっと時間を費やすようになることを願います。ユーチューブやフェイスブックなどの新しいメディアの登場によって、たくさんの人の声が幅広く公開されるようになっていますが、実際に発言する前に、きちんと考えることの大切さに気づく必要があると思います。

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《HEAVENHELL》

Q:《HEAVENHELL》の製作にあたり、日本の若手アーティストやスタッフとのディスカッションが連日行われ、最終的には、出演者も含め多数の人の協力で、クリスさんのアイデアに基づいたイメージが街に作り込まれていったのですが、その過程は、黄金町のまちづくりと、何か共通点があるような気がしました。
 
クリス:《HEAVENHELL》の製作は、手探りで進めていくような感覚で、とてもやりがいのある作業でした。少しずつ、少しずつストーリーが生まれてくる。街で活動する人とのディスカッションやその他の思いもよらないところから、アイデアが生まれてくる。実際、何かを発見するための調査というか、ドキュメンタリー作品みたいな感じでした。

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《HEAVENHELL》

Q:黄金町のまちづくりは、現在の街並みを、大きなビルで瞬時に置き換える大型の都市開発ではなく、既存の建物に手を加え、新しい活動を導入する「空間の再生」という手法をとっています。その作業をアーティストや建築家といった、イメージを形にしていく力を持つ人たちと共に進めています。クリスさんも、森永さんを筆頭に、他のアーティストや、その他多数の人との協同製作を行っていますが、その魅力を教えて頂けますか?
 
クリス:単調なリズムでの製作は苦手です。もし自分が変化や変動のない作品製作を続けていたら、それはとても残念に思います。共同作業は、未知の場所や異文化に、自分がよそ者として関わったときに感じる、難しさとやりがいのような、自分ひとりでは思いもよらない方向性を示してくれます。また、コラボレーションというのは、人との作業だけではなくて、構造体やオブジェとの協同という側面もあります。《HEAVENHELL》の場合は、黄金町の路地に対するアイデアとの協同作業という感覚もありました。街の現状に合わせて自分のアイデアを練り直すのと同時に、路地の光景も私のイメージに適合させなければならない。コラボレーションは、最後まで何が出てくるかわからないけれど、最も着実で信頼のおけるプロセスだと感じています。責任感とマナーをもって進められれば、未知の可能性と実り多い結果をもたらしてくれます。私は、これからもコラボレーションの形で製作を続けて行きたいとおもいます。特に、建築家と。
 
 
Q:今後の予定を教えて下さい。
 
クリス:クアラルンプールの高速道路橋をテーマにしたビデオインスタレーションを制作しています。それと同時に、私の出身地であるマレーシアのボルネオのサバ、コタキナバルを舞台にした私の第2作目となる長編映画の台本を執筆中です。

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